2017.09.09 Saturday 23:35

武蔵嵐山 菅谷館跡

東武東上線小川町の手前、武蔵嵐山(むさしらんざん)駅付近は源義仲の生誕地で、山吹姫の墓もあるということを調べていて、いつかは行ってみようと思っていた。というのも、我が家の本家に古文書が残っていて、祖先が義仲で、山吹姫の系列ということが書かれていた。

天気は曇り、昼は過ぎていて、夕方7時前には帰って来なければならなかったが、まっ、行ってみようということで出発。史跡博物館を目指す。その周辺が畠山重忠の菅谷(すがや)館跡なのだ。十字路や要所に方向を教えてくれるのでわかりやすい。

小高い丘に入っていくと菅谷館跡。畠山重忠の像もあった。広い敷地で蝶や蛍も中で育てているよう。菅谷館を回って外に出ると都幾川。長い桜並木が整備されていて義仲の生誕地を目指そうと少し歩いて時間を見ると、帰らないとまずい時間。往復で1時間は最低かかるのだ。

結局Uターン。菅谷館の反対側を回って駅へ。箱根の山中城のように整備すれば綺麗に見えるかもしれないが、確実に堀割のようなもので囲われていた。畠山重忠以後の時代のものだと説明板に書いてあった。

帰りに武蔵嵐山駅を撮ったけど、曇りで色がよくない。後日、再訪したのでそのときの写真を掲載。ロケハンのようになってしまったというわけ。














2017.09.25 Monday 23:55

武蔵嵐山 源義賢の墓

武蔵嵐山に出かけて菅谷館付近だけ見て帰ってきたので再訪する。前に地図を見て方角は分かっていたので、迷わず源義賢、義賢の墓と住居があったといわれる大蔵館を目指す。都幾川を渡って更に進むと寺院が見えたので行ってみる。源氏とは直接関係のある寺院ではないようだが、かなり歴史はあるよう。

車の行き来が多い通りに出た。鎌倉街道の石碑と、源義賢、義高、義仲の名前が見える。まず義賢の墓に向かう。畑の中に乱暴に置かれた簡素な社。五輪塔の一部がなくなっていた。その道の反対に広い土地があって、主な源平の侍を供養してあった。源氏三代物語の絵も。一部石碑はこれからという状態。平家一族も鎮魂しているのに、源頼朝兄弟一族の名前はなし。義仲を討った恨みからなのだろう。

この辺りは源義賢、義高の住んでいた大蔵館、墓所、寺院が固まっている。大蔵館は大蔵神社になっていた。館らしき痕跡は見当らない。義高は帯刀先生と呼ばれて住民に親しまれたようだ。
















2017.09.27 Wednesday 12:15

武蔵嵐山 鎌形八幡神社と班渓寺

大蔵館から鎌倉街道から都幾川沿いを小一時間ほど歩いた欄干の付いた橋を渡ると木曽義仲公の旗。左に曲がると義仲が使ったと伝えられる湧水のある鎌形八幡神社。義仲が生れた地。かなり古い義賢一族が信仰した神社と言われている。訪れる人はなく、ひっそりしていた。

その裏手をさらに10分ほど歩くと、義仲の妻のひとり、山吹姫の墓所のある班渓寺に着く。今回の最大の目的地だ。真偽のほどは分からないが、我家は山吹姫の末裔らしく、本家には古文書が残されている。歴代住職の墓の近くの簡素な石碑が山吹姫の墓だった。

帰りに立ち寄ったのが菅谷神社。こちらの方が駅と市街地に近いので、参拝する人は多そう。境内も清掃が行き届いていた。














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